業の教え
 
 さて、「唯識」の所で述べたように、仏教では、人は、永遠に生まれ変わり死に変わりして、輪廻転生すると教えていて、人が死ぬと肉体は消滅しますが、第八識である阿頼耶識は、種子のように、次の世に引き継がれて行くのであります。その“働きの力”となるのが「業力」であります。業とは、人が行う行為のことであり、職業、家業、学業、業績など、業のつく語句がいろいろありますが、仏教語では、業は、善悪の報いの因となる行為のことであり、業に関する言葉として業苦、業病、業因、悪業、宿業などがあります。業は、多くは、過去世からの行為の結果として、今世、いろいろの報いを受けることに使用されます。
 
○業の種類
  宿業……過去世の業
  現業……現世の業
 
  意業………善悪の意志
  身語業……身語による実際行為(表業) 
  身語業……蓄積された行為の習慣力(無表業) 
         (語は、口と同じ意味)
 
○業の三時業……@順現業……現世の善悪業の報果を現世で受けるもの。
        A順次業……現世の善悪業の報果を来世で受けるもの。
        B順後業……現世の善悪業の果を再来世以降で受けるもの。
 
 また @定 業……未来における苦楽の果報が定まっていること。(決定業)
    A不定業……苦楽の果報を受ける事が決まっていない業因、また果報を受ける時期も定まっていないこと。
    *不共業……他と共通することのない独自の業。
    *共 業……業と報果を多くの人々が共有する業。社会や団体・国家                            (運命共同体)。
           例(会社倒産・戦争・天災など)
 
 人間は、身・口・意の三つで、いろいろの行いをして、それが後に結果として現れますが、これを「身口意の三業」といいます。
 さて、人間が行った行為が「業」となって、来世、再来世へと続いていきますが、それは、先に説明した、肉体は滅しても人間の魂の中の第七識、第八識に種子のように貯蔵されて、次の世に継続されていきます。精神医学では、潜在意識とか無意識と呼ばれているものであります。
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